東京高等裁判所 昭和49年(ネ)1261号 判決 1975年9月09日
控訴人 鎌田幸子
同 鎌田剛
同 鎌田聡子
同 鎌田美帆
右鎌田剛、同聡子、同美帆
法定代理人親権者母 鎌田幸子
右控訴人ら訴訟代理人弁護士 城口順二
佐藤勉
西山明行
被控訴人 共栄火災海上保険相互会社
右代表者代表取締役 前田盛高
被控訴人 天野運輸株式会社
右代表者代表取締役 天野信二
右被控訴人ら訴訟代理人弁護士 木村俊学
主文
控訴人らの被控訴人らに対する
本件各控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
一 控訴代理人は
「原判決中被控訴人共栄火災海上保険相互会社及び同天野運輸株式会社に関する部分を取消す。
右被控訴人両名は各自控訴人鎌田幸子に対し金一〇五万円、控訴人鎌田剛、同鎌田聡子、同鎌田美帆に対し各金七〇万円及び右各金員に対する昭和四八年七月四日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は第一・二審とも被控訴人らの負担とする。」
との判決並びに仮執行の宣言を求めた。
被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
二 当事者双方の事実上・法律上の主張並びに証拠関係は左のとおり補充・追加するもののほか、原判決事実摘示のとおりであるからこれをここに引用する(ただし、原判決四枚目裏一行の「二八四三万円(一部切捨)」を「二、四八三万円(一部切捨)」と訂正する。)。
(主張の補充)
1 控訴代理人
(一) 藤川雄運転手の過失について
被害者鎌田勝溥運転の自動二輪車(勝溥車)に先行して大型貨物自動車(藤川車)を運転していた被控訴人天野運輸株式会社の運転者藤川雄については、次のような注意義務違反による過失がある。
(1) 後方確認義務違反
一般に自動車運転者には、前方・左右の確認義務のほか、バックミラー・サイドミラーによって常時後方の安全をも確認する義務があるところ、右藤川は京葉道路の本件道路入口地点から本件事故現場付近まで約八〇〇メートルの直線道路上を運転走行中右後方確認を怠って後続の勝溥車を全く認識していない。そのため本件事故現場付近で対向する浅野幸雄運転の大型貨物自動車(浅野車)とすれちがうに際し、後続車両に全く注意を払わないまま急制動の措置をとって急減速したため、不意を突かれた勝溥車が避ける間もなく藤川車の右後部に衝突し、その衝撃で反対車線上に飛び出す結果になって浅野車に轢過されるに至ったものであり、本件事故の原因はまずもって藤川が自車後方の安全確認を怠った点にある。
(2) 急ブレーキ禁止及び制限速度超過・車間距離不保持の各違反並びに安全運転義務違反
本件事故現場に近い前方約一〇〇メートル付近の道路は左にゆるく曲るS字型カーブになっており、これに差しかかる手前の本件事故現場付近で各種車両は時速約四〇キロメートル位に減速し、右S字型カーブですれちがう車両がある場合は相互の接触を避けるために更に時速二〇ないし三〇キロメートル程度に減速するのが通常の運転方法である。そして、当時藤川車の前方には先行する四、五台の自動車があって、これら先行車が右S字型カーブで順次時速二〇ないし三〇キロメートル程度に減速したと思われるから、藤川車はこれら先行車両の減速の影響を受けて本件事故現場付近で急に減速したことが考えられるばかりでなく、本件道路上の車両の通行ができる舗装部分は幅員七メートル程度のもので、その舗装部分の左右路肩には崩れたところや窪みがあり、また、当時外側の非舗装部分には水溜りもあって、このような道路状況から藤川が急減速したことは充分考えられる。
即ち、藤川車が右のように急ブレーキをかけて急減速をしたのは道路交通法二四条の規定に違反するとともに、右のような急ブレーキをかけるに至った原因は、そもそも藤川車が本件事故現場付近で同法二二条、同法施行令一一条に定める最高速度毎時五〇キロメートルを超える速度超過の運転をしていたことと、同法二六条の規定するところに従って直前の車両との間の車間距離を適当に保たなかった右保持義務の違反があったがためである。
しかしてまた、藤川が前記のように後方の車両に全く無関心な運転をしていたのも、同法七〇条の安全運転義務に違反するものである。
藤川には以上の注意義務懈怠があって、これがいずれも本件事故の原因をなし、その過失の存在は明らかである。仮に右過失が積極的に証明されないとしても、被控訴人らからその不存在が証明されない以上、その損害賠償責任は免れない。
(二) 損害賠償請求額について
控訴人らはその夫又は父である勝溥の本件事故死によって別表請求額欄記載の各損害賠償債権を有するところ、日本火災海上保険株式会社から給付を受けた強制賠償保険金三五〇万円を同表保険金充当額欄記載のとおりに弁済充当し(以上は原判決事実摘示のとおり)、更にその後原判決主文一項(確定ずみ)により原審被告石塚運送有限会社から支払を受けた合計金一一二万五、〇〇〇円を同表判決充当額欄記載のとおりに各自の請求残額に充当し、この充当後の各損害種目別の請求残額は同表充当後残額欄記載のとおり合計金二、八九〇万五、〇〇〇円となったので、当審において請求を減縮し、右のうち金三一五万円を法定相続分(控訴人幸子九分の三、控訴人剛・同聡子・同美帆各九分の二)に従って分割し、控訴人幸子が金一〇五万円、控訴人剛・同聡子・同美帆が各金七〇万円の損害賠償金及びこれらに対する昭和四八年七月四日から各完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。
2 被控訴代理人
控訴人らの右(一)の主張は争う。藤川車の運転者藤川雄には本件事故の発生につき何らの過失もない。
同(二)の主張のうち、控訴人らが本件交通事故による強制賠償保険金三五〇万の給付を受け、また、石塚運送有限会社から原判決主文一項の合計金一一五万五、〇〇〇円の支払を受けた事実は認めるが、その余は争う。
(証拠関係の追加)≪省略≫
理由
一 原判決が被控訴人らに対する関係において示したその理由中一項の(一)・(二)及び(三)の1の認定・判断(原判決一四枚目表二行から一八枚目裏三行まで)は当裁判所も同様と考えるのでこれをここに引用し(ただし原判決一六枚目裏一〇行目の「右前輪で」を「右前輪及び右後輪で」と改め、一七枚目表六行目から一〇行目までを「5原告車は藤川車に追尾進行していたところ、原告車か若しくは勝溥の身体が藤川車の後部右側(右端より一〇糎を超えない位置)車体下部の後退燈の鉄板製覆の右側部に接触し、これを外側にねじまげ、勝溥は自車ともども」と改める。)、
二 なお控訴人らの当審における補充的主張に鑑み、次のとおり付加説明する。
一般に道路を右左折することなく前進走行する車両の自動車運転者は、前方・左右を注視して安全を確認する義務のほかに、絶えず後方を注視して安全を確認する義務があるとまではいえず、右のように前方・左右を確認するかたわら、バックミラー・サイドミラー等その車両に設備された後写鏡によって、その写映範囲内に後方車両の不自然な運転等具体的な危険が予想される事態を認めた場合には、それを回避する注意義務が生ずるものというべきである(なお、後方車両の走行が道路交通法二七条一・二項に規定する場合に該るときは、従前と同一速度で後方車両の追越しを待ち、或は進路を譲る義務がある。)。右のほかは後方車両の運転者が、先行車両の進路・速度・道路の状況等に応じ、絶えず前方を注視し、適当な車間距離を保って交通の安全を図るべき注意義務があるものといわなければならない。
従って、控訴人ら主張のように京葉道路の本件道路入口から本件事故現場付近まで約八〇〇メートルの本件道路上において藤川が後方を確認し続けなかったこと自体に不注意があるということはできない。そしてさきに認定(引用した原判決理由)した通り、藤川車は浅野車とのすれちがいの前後に急制動をかけたり、急に進路を変更したことなく、時速四五キロ~五〇キロで進行の最中に、勝溥若しくは勝溥車が後方から藤川車の後部右側の車体下部にある後退燈の鉄板製覆の右側部に接触した事実と≪証拠省略≫によれば、浅野車が対向する藤川車の後方には勝溥車が追従している姿は全然見えず、いきなり藤川車の最後部右側方から黒い物が飛び出したという事実とを併せ考えると、勝溥車は藤川の知らない間にいつの間にか藤川車の後方のいわゆる死角(バックミラー・サイドミラーで見えないところ)に入って走行を続け、急に追越しを図って失敗したか、或はハンドル・アクセル等の操作を誤って藤川車の右後部に衝突し、その反動で反対車線上に飛び出す結果になったものと推認せざるを得ない。
してみれば、本件交通事故は勝溥が自ら運転を誤って藤川車右後部に接触したことによるもので、その事故死につき少なくとも藤川車を運転する藤川雄に自動車運行に関する注意義務の懈怠はないものと認めざるを得ず、また藤川車に構造上の欠陥又は機能上の障害がなかったことも前示引用部分の認定どおりであるから、被控訴人らの本訴各請求はいずれも失当である。
三 よって、控訴人らの右各請求を棄却した原判決(被控訴人らに関する部分)は相当であって、本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 室伏壮一郎 裁判官 小木曽競 深田源次)
<以下省略>